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last update 2003.04.28 |
| 4月27日(日)僕の4年前の日の。 |
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◆もうすぐ僕の新しい芝居が幕を開ける。昨年の暮れから、ずっと準備してきた仮面劇。実は文字の形での台本を作らないまま(いやスケッチ台本はたくさん作ったけど)、テーマと物語と演技を練り合わせる、その作業だけでここまでやってきた。未知の領域での芝居作り。うーん。冷静に考えると不安だらけのはずなんだけれど、しかしこの興奮に満ちた手応えは何だ? 本番4日前。僕の体は、慌てもせずに、じっくり粘り続けている。かつてない熱気で、役者の演技が赤く光っている。明後日、僕らは野外円形劇場に入る。ラストシーンは、南港の空の下、観客がやってくるその日に作ろう。 ◆4月の間、一ヶ月だけ続けた「ラジオ・シャトナー研」が終わった。じっくり喋りたかった最終日の昨夜、野球放送が延長されて、放送時間はいつもの半分。その切なさが、なんだか僕は楽しかったりもした。 ◆ラジオを聴いてくれた何人かの、顔も知らない皆さん。なぜ僕が芝居を始めたのか、最終日には喋ると予告したのに、マンガの話とか昆虫の話とかばっかりして、時間切れになっちゃって、ごめんなさい。ラジオで喋れなかったので、今ここにそのことを書こうと思ったのだけれど……そのかわりに、99年に書いたある日の日記を、ちょっと読んでみてもらえませんか。すごく長いんだけど。なぜ演劇をやってるのか、うまく言えてないんだけど。でもたとえばこんな日、僕は演劇を作っているのです。 ------------------------------------------------------ 99年5月29日(土) セキセイインコを僕は? ◆ちょっと長くなるけれど、昨日の稽古場で経験した奇妙な出来事の話をしよう。それは、一見すればとりたてて特別な出来事だったわけではなく、むしろ普通の日常のひとコマである。にもかかわらず、その出来事の手触りだけが僕の感覚の異次元的な部分にからみついて、わずか1日後の今思い出しても、まるで夢の中の出来事のように色鮮やかで、なんだかつじつまが合っていないのだ。 ◇ ◇ 昨日の昼間、淀川で稽古を始めようとしたら、どこかの鳥カゴから逃げ出したとおぼしき黄色いセキセイインコ(たぶんセキセイインコだと思う)が飛んできて、僕らの近くの草をついばみ始めた。インコが大好きで飼っていたこともある(座長の)腹筋善之介が、インコ捕獲に乗り出した。 「インコは、荒々しく捕まえようとしては絶対いけない。インコは人間の手とつきあうのだ。そっと手を近づけて、やさしい手なんだということを分からせれば、自分から寄ってくるのだ」 などともっともらしく説明して手を差し出す。しかしなかなかうまくいかず、結局腹筋はシビレを切らして、突如、猛然なるスライディングを敢行! これには僕らもずっこけてしまったけれど、インコはずっこけるどころか心底驚いたらしく、空高く舞い上がって、以後なかなか近づいてこなくなってしまった。 僕の奇妙な経験は、このあとである。 僕らはその後、夕方まで稽古をした。で、そろそろ帰ろうと思っている矢先、僕はさっ きの黄色いインコが近くまで戻ってきていることに気がついた。不思議なことに、僕しか気付いていないようだった。インコは、僕に気付かれたことをさとると、誘うように飛び上がり、道をへだてた向こう側の芝生に舞い降りた。僕は皆から離れてインコに近づき、着ていたジャージの上を脱ぎ、ふわりと彼(つまり、インコです)にかぶせてみた。すると、実にあっけなく、ぎょっとするほどあっけなく、彼はジャージのカゴの中に捕えられてしまったのである。 奇妙な気持ちだった。思い返せば、二度目にインコが現われた瞬間から、僕の目はどうかしてしまったようだった。僕の目に映る淀川は余りにも美しく、まるで異次元の狭間のような、天国の草原のような、超現実的な雰囲気を帯びてしまっていた。そのインコも、もはや生身のインコではなく、なんだか僕らの、未来かなにか、大事なものを象徴している不可思議な存在に思えていた。音もなく滑空する黄色い奇麗な翼を見るうち、僕は、自分がそれを容易に捕えるであろうことを、ごく当り前のこととして確信していた。ぎょっとしたのは、その確信があまりにもすんなりと達成されたからだ。と同時に、僕は混乱もしていた。/それを捕まえることは僕にとって何を意味するのだろう/捕まえるべきなのか/捕まえたら恐ろしいことになるのではないか/逃がすほうがよいのか/逃がすことは未来を逃すことなのか/。そんな風なことが頭の片隅をぐるぐる回りながら、しかし僕の手足は迷うこと無くインコを、実際に、驚くほどたやすく捕えたのだった。 インコは突然訪れたジャージの薄暗がりの中で、「ギーギー」と悲鳴をあげた。身も世もない、ゾッとするような悲鳴だった。どうしたものか、僕は途方に暮れた。今さら「怖がらなくていいんだよ」と言えるほど恥知らずにはなれなかった。途方に暮れながら僕はジャージを持ち上げ、中のインコを手のひらに収めようとした。・・・一瞬、彼は僕の手をすりぬけて空に舞い上がり、淀川の堤防を越えて、見えないところまで飛び去ってしまったのだった。 そのインコが何を意味するかは、もうどうでもよかった。 ともかくインコが空へ消えたことで僕は心底安堵し、皆のところへ歩いて戻った。 そうして、僕の回りに現実の世界が戻ってきたのだった。 ◆本当に、ずいぶん長くなってしまった。毎日、いろんなことが起こります。 ------------------------------------------------- ◆さて、そして今、2003年4月。僕の4年前の日のあのインコ、今もどこかで生きてるのかな。きっと生きてはいないんだろうな。僕は今も君を思えば切ないです。 ※ところで、トップページで、西田シャトナー演劇研究所の“所員”募集始めました。 ※日記はなかなか毎日かけないけれど。趣味のコーナー『数行レビュー』、復活中。こっちは結構毎日、なんか書いてます。 |
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