last update 20043.06.09


2004年6月9日(水)
名古屋。



4月末、名古屋に引っ越した。
越してわずか10日、名古屋に住んだあと、東京で5週間。
東京ハートブレイカーズの稽古に明け暮れた。

家を5週間も留守にするのはツライ。
せっかくツライ留守をするのだから、
それに見合うだけの凄い芝居を作ろうと心に決めて、
わき目もふらず稽古に没頭した。

命がけの芝居になった。
命がけは楽しい。
僕らは毎日大笑い。
役者たちは毎日自由に叫んで、客席に向かって拳を突き上げた。
観客も拳を突き上げてた。

僕は5週間分の荷物をまとめて、ようやく名古屋に帰ってきた。
妻が待っていた。
眠った。

思い出すのは、東京での稽古に通う道。
自転車で毎日、往復1時間半。
その途中、大きな斎場の側を通る。

むかし、一緒に命がけで芝居を作り、やがて僕とケンカして東京へ去り、
そのまま、僕の知らぬ場所で死んだ仲間、平和堂ミラノ。
僕は彼女の葬儀を当日まで知らず、見送ることはできなかった。
11ヶ月前のことだ。

彼女が東京の仲間や家族たちに見送られたのは、
シャトナーくん、キミが毎日通り過ぎている斎場なんだと、
首藤健祐が教えてくれた。

僕は毎日、その斎場の側を通って稽古に出かけた。
一回くらいは、ひょっとしたら彼女に会えるかも、と思ったけれど。
なかなかそういう不思議なことは起きない。

気づかなかっただけかもしれない。



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