まだ書きあげてないんだ、脚本……。僕の目下の目標は監督として作品つくることであって、こんなのは、そのごく初期段階にすぎないんだけど。それにしても苦労しすぎだな。
神戸大学に、まだ教育学部があった頃。僕はそこで、中学教育の「美術」を専攻する学生だった。4回生の時、僕は、卒業論文のテーマを、「折り紙」にしようと考えた。
いかに折り紙が、日本の伝承芸能から、世界的な現代造形美術に変遷したのか。あるいは、折り紙における作品分析を通し、「芸術」と「技術」の関係を考察してみる。いくらでも、論文にしたい材料がある。
しかも僕自身折り紙作家として(うっすら)活動してもいて……なにしろ、僕が美術の分野で論文を書くにあたり、これ以上意義のある仕事は見あたらないと思った。
担当教官に、その旨書いた計画書を提出した。
たたき返された。
「キミね、論文は遊びじゃないんだ」
僕は反論した。
先生、もちろん論文は遊びではないし、折り紙も、すくなくとも先生のいう意味での「遊び」ではありません。僕の、これまでの人生で、もっとも高みを体験した芸術表現なんです。
「こんなふざけた論文テーマに許可を出すなんて、大学のコケンに関わる」
先生、僕はふざけてなんかいません。そこらの学生の、文献だけ読んでそれをまとめるだけの「ドガ論」や「ピカソ論」こそふざけてるじゃないですか。彼らに出してる許可を、僕にも下さい。
「ドガは素晴らしいが、折り紙はくだらないよ」
先生、見たことがないんでしょ、素晴らしい折り紙作品を。持ってくるから、見てください。見ればきっと考えが変わります。
「見る必要はない。持ってきても、絶対に見ない」
僕は、卒業するのをやめた。
「見る」必要はないだと? ここまで愚かな男が、よりによって、「美術」の教官だとは。僕は彼を通してもらう卒業証書になど、興味はない。ここで学んだことは、証書ではなく、ただ僕の体に刻むことにしよう。
……それから僕は休学を続けた。劇団活動を本格的にスタートした。休学が長くなったので、やがて事務局に呼び出され、退学するか復学するか、選べと言われた。学校で学ぶ時間なんかもうない。僕はすでに、舞台という芸術を実践してるんだ。僕はただちに退学希望届けを提出した。すると、1週間後、学校から手紙が送られてきて、それには、まず僕の名前が書いてあり、
「この者の退学を許可する。学校長」
と書かれてあった。許可! 僕は笑った。
学生時代、そんなことがあったのさ。あれ、もう10年よりもっと前になっちゃったんだな。