海は嵐になった。
僕の乗っていた船は沈んでしまった。
僕は仕方なく、体に備わった、重力をコントロールする力を利用して、空を飛んでゆくことにした。
重力をコントロール出来る者は少ない。
目的の大陸まではまだ遠い。体につけた鎧と剣が重い。嵐はますます激しい。
僕の腹心の部下である、鼻の長い男が、必死で重力をコントロールしてついてきている。
彼が後方を指さした。
また、あの貴族の男が、追ってきていた。
僕のことを、家族の仇を思いこんでいる。
彼もまた、重力をコントロールできる力を持っていたのだ。
「仇!」
彼は刀を抜き、僕に襲いかかってきた。僕は仕方なく応戦した。
暗く荒れた海の上、灰色の空で、たがいの鎧と、たがいの剣が、火花を散らした。
彼は強く美しく高潔な剣士だ。いかに勘違いで僕を襲って来たとはいえ、殺すには惜しい。
しかし僕とて、大陸で待つ妻のもとへ、なんとしてでも行かねばならない。
ここで海に落ちるわけにはいかない。
部下が心配そうに見守る中、僕と貴族の男は何度も剣を打ちつけあい、
やがて僕の力がまさって、彼の鎧を全てうち砕いた。
砕けた鎧が落下して、波に飲まれた。
そして貴族の男自身もまた、力つきて、海に落ちようとした。
僕は彼を空中でだきかかえた。
「何をする、捨て置け」「共に大陸へゆこう」
彼の誤解を解きたかった。
彼の、まるで綿毛のようなマント、それが受ける風に助けられ、
僕はぎりぎりの揚力を得た。
やがて僕ら3人は、大陸沿岸まで、海面すれすれで到達した。
波打ち際は、広い面積で、緑の海藻に覆われており、波がおだやかだ。
まだ灰色の空の下、僕は安堵した。
鼻の長い部下も、安堵して、気を緩めたのだろう。
彼は、ひとこと僕の名前を呼ぶと、
海に落下した。
緑の藻の中に飲み込まれ、彼は二度と浮かび上がってこなかった。
僕は、自分の腕の中から、貴族の男が滑り落ちてゆくのを感じた。
滑り落ちるのを止める握力を、僕は失っていた。
彼は何も言わず海面へと落下し、そして、同じように、
緑の藻のなかに消えた。
とうとう僕はひとりになってしまった。
僕は彼らふたりを探そうと思ったけれど、もはや、
どこまでも続く海藻の波打ち際の、どこに彼らが落ちたのか、
わからなくなってしまっていた。
こうして僕は結局、ひとりで、妻のもとへゆくことになったのだ。
もちろん、夢の話なんだけど。